2011年11月11日金曜日

ラブ・ミー・テンダー / Love Me Tender


ラブ・ミー・テンダー / Love Me Tender

米国レコード工業会(RIAA)では、更新され続けているエルヴィス・プレスリーのレコード(CD)売上記録を改めて正式に認定するための厳格な監査が行われていました。 

2004年1月8日。エルヴィス・プレスリーが眠るエルヴィスの自宅。
グレイスランドにおいて、米国レコード工業会(RIAA)は、エルヴィスの誕生日に合わせて、歴史的な偉業を証明するための公式発表を執り行いました。

RIAAは、エルヴィスは米国内において1億枚のレコード(CD)セールスを記録した米国史上最高売上ソロ・アーチ-ストであると公式発表を行いました。

米国内においてエルヴィス・プレスリーは、97枚のアルバムがゴールド・レコード認定、うちの55アルバムがプラチナを獲得。そのプラチナのうち25アルバムはマルチ・プラチナを受賞しています。

なかでもRIAA認定によれば「Elvis' Christmas Album」は700万枚を超えるセールスによってエルヴィスの最多売上アルバムに認定されています。
シングルにおいても、51のゴールド、うち27枚がプラチナ、7枚がマルチ・プラチナの偉業を達成、公式認定されています。

以上は米国内のセールスに限定したことですが、世界中を対象とすれば、10億枚(アルバムとシングル両方を含む)を超えるセールスを記録していて、全セールスの約60%が米国、40%が外国であるとコメントしています。

21世紀になっても新しいアルバムがゴールドに認定されています。
デビューしたのが1948年。1977年、暑い夏の日に他界して、すでに35年を迎えようとしています。アメリカでは毎年イベントが行われます。いつの時代もエルヴィス・プレスリーは、いまを共に生きるアーティストです。

その中でもひときわ輝くバラードの傑作「ラブ・ミー・テンダー」「好きにならずにいられない」・・・・アメリカンポップスのスタンダードナンバーとして、これからも歌い継がれていく名曲です。

自分はある年の夏・・・・アメリカに住む友人の実家で過ごしていました。中流のホームタウンでは、7月4日の独立記念日を祝い、めいめいの家庭の庭先では、家族の花火大会が行われていました。

花火自慢から始まった雑談に興じていたのですが、エルヴィスの話になって、そこに居合わせたどの家庭にもエルヴィスのレコードが少なくとも1枚はあることをその時知りました。

その内の数軒は遠い国からきた奇妙な異邦人である自分に、所有するエルヴィスのレコードをわざわざ見せてくれました。その中に「ラブ・ミー・テンダー」「好きにならずにいられない」「さらばふるさと」などがありました。エルヴィスはアメリカンポップスの実験場だったことを証明するような曲たちです。RIAAの公式発表を裏付ける話です。



そこの収まっている音楽は、すべて「一発録り」です。 何テイクもスタジオで録り直すやり方です。晩年、体調を悪くしてからダビングするようになりましたが、エルヴィスの意識にダビングはなく、「一発録り」のイメージだったと思うのです。
それが最初からの自分のスタイルでしたから。

つきあうバンドは大変です。実際没になったテイクを聴いても分るようにいいものが沢山あります。「もう、いいじゃないか。どこが問題なんだ。」と思ったと思いますが、熱意がバンドを動かしたのです。 

映像に対するこだわりは自分では見えない分、少なかったように思いますが、音に対しては皮膚感覚でキャッチしていたように思います。根っからのミュージシャンであり、それ以上に愛情に敏感だったエルヴィス・プレスリーとは愛の人だと思うのです。だから「グレイスランド」というメルヘンチックな映画が生のエルヴィス物語以上にエルヴィス物語として説得力があるのです。

2011年10月27日木曜日

ただひとりの男 / I WAS THE ONE



ただひとりの男 / I WAS THE ONE





















初のメジャーデビュー曲にして、エルヴィス・プレスリー初の世界席巻大ヒットナンバー<ハートブレイクホテル>のB面ながらTOPI00でも注目されたエルヴイスのオリジナル・バラードナンバー。

胸を焦がす力のこもったカントリーナンバーで、カントリー・チャートではベスト10内8位でランキングされた。リアルタイムで聴いていないが、どんなタイミングで接触しても、未知との遭遇になるはずだ。

ユージーランドの友人は、この曲がお気に入りで、ドライブしていると何度も繰り返し聴いていた。素朴な彼女の生き方にも、素朴な風景にもよく似合う。カントリーナンバーに触れる機会の多い国々の人からはいまも愛される佳作だ。

ドレスアップしたリンダ・ロンンシュタットが砂漠の彼方から口ずさみながら登場する幻想さえ抱いてしまう。無理もない自然でありながらもエモーショナルな運び方が最初から最後まで胸を打ち続ける。それは心の方向指示器のような歌声だ。

トラックに乗ってやってきた21歳の青年は、プラカードもスローガンもなく、心をこめて歌うことで世界中の何の共通点を持っていない人々をひとつにまとめてしまったのだ。

パック・コーラスにゴードン・ストーカ←(ザ・ジョーダネアズ)、ベン&ブロック・スビア(ザ・スピア・ファミリー)の3 人か加わっている。



デビュー盤ながら、フィーリングの確かさ、圧倒的な声の良さ、歌の旨さが発揮され、早くもその実力を示しているのは立派としか言いようがない。21歳にして、どうしてこんなにも素敵に仕上げられるのか、不思議だ。セクシーとは、ひたむきに恋することか、エルヴィスにとってスタジオは放課後の教室のようだ。ナッシュビルにあるスタジオで録音された。


ジーン・ピットニーのマネジャをつとめたアーロン・シュローダーが楽曲を提供している。


2011年5月28日土曜日

ハウンド・ドッグ / Hound Dog



ハウンド・ドッグ / Hound Dog

1957年、エルヴィス・プレスリーは、アメリカ南部、メンフィスのサン・レコードからデビューしました。白人でありながら黒人のように歌う彼のパフォーマンスは文化を変えるに十分な威力がありました。コンサート・ツアーによって徐々に知名度があがっていきます。

そして1956年1月、RCA ビクターからメジャー・デビューします。記念すべき第1作<ハートブレイクホテル>のヒットによって、その名はアメリカ全土に知られるに至ります。そして第三弾となった<ハウンド・ドッグ/冷たくしないで>の両A面による歴史的なヒットによってアメリカ全土の若者を熱狂させ、世界に伝染しました。

Hound Dog

You ain't nothin' but a hound dog
Cryin' all the time
You ain't nothin' but a hound dog
Cryin' all the time
Well, you ain't never caught a rabbit
And you ain't no friend of mine
When they said you was high-classed
Well, that was just a lie
Yeah, they said that you was high-classed
Well, that was just a lie
Well, you ain't never caught a rabbit
And you ain't no friend of mine




デビュー以来、ロカビリーからロックンロールへの変遷を猛スピードで疾走しながら、若者の魂を、その芯の芯から揺さぶり続けたエルヴィス・プレスリーの音楽は、<ハウンド・ドッグ>で頂点に達するとともに、アメリカの「常識」を激怒させるに至ります。ロックンロールは反抗のメッセージというイメージが固定したのも、<ハウンド・ドッグ>事件の結末です。

そのステージでのパフォーマンスは、卑猥と攻撃され、そのビートの効いた歌声は、
フランク・シナトラに「チンピラの歌」と言わせました。

しかし、何より、世の大人を震撼させたのは、永年にわたってアメリカの常識が守り続けてきた「黒人は白人より劣っている」という不文律が、田舎出の下層階級の青年によってボロボロに引き裂かれたことであり、自分の娘や息子が自分たちよりエルヴィスを支持したことでした。

エルヴィス・プレスリーは肯定こそすれ、誰かを、あるいは何かを否定したわけではありませんでした。エルヴィスの音楽がエルヴィスの意識とは関係なく、白人も黒人も対等なんだとメッセージしただけであり、リズム&ブルースもカントリーも同じ音楽だとロックンロールを通じてメッセージしただけでした。

1956年。1年の内の半分はエルヴィスの音楽がヒットチャートのトップを占領、そのどれもがミリオンセラーを記録します。

そこには音楽を越えた問題解決と新たな問題提起がありました。

黒人とどう接していいのか、訓練も教育もされていなかった若者や良識のある人にとっても、もちろん差別主義者にとっても、アメリカ全土全国民を揺るがす事件を意味しています。

事実、エルヴィスは逮捕状を用意した警官に囲まれたなかでコンサートをしています。
爆発的な人気を背景に録音されたエルヴィスが歌ったクリスマスレコードをオンエアしたDJが解雇されたり、レコードが焼き尽くされたり、コンサート会場の貸し出し禁止などが相次いで起りました。


しかし、すでに世の中は従来の価値観から変わりはじめていたのです。
そして、1963年8月28日、黒人の公民権運動のために「私には夢がある」と訴え全米の黒人の心をひとつに束ねたマーティン・ルーサー・キング牧師率いる20万人のデモ行進がワシントンで行われます。
やがてその抗議は全米で黒人暴動という形で広がっていきました。

米ソ冷戦、ベトナム、国内外に問題を抱えたまま、3ヶ月後にフロンティアスピリットを訴えたジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件が発生。さらに2年後の65年にハーレムでマルコムX暗殺、その4年後、北アイルランドで公民権運動が起こりました。 こうしてアメリカの問題は国内にとどまらず世界に広がっていきました。




<ハウンド・ドッグ>は、たとえば<イマジン>のように世界平和を訴えていません。政治的なメッセージを持っているわけではありません。
しかし、間違いなく、音楽がなし得た最大にして最高の文化革命でした。

「黒人は白人より劣っている」、「女性は男性より劣っている」・・・あらゆる機会を通じて巧みに装いながら他者の劣等性を語り、恐怖心を煽り、依存心を育て上げるカラクリと人心をコントロールしたい者に熱い一撃を食わした事件でした。

<ハウンド・ドッグ>と<冷たくしないで>・・・
激しさの裏側では、君が冷たくしても、ボクはボクを見捨てないとユーモアたっぷり、タフに歌います。

この両A面シングルは、劣等感、劣等性を押しつける世界への「自分はOK、あなたもOK」と宣言した人間賛歌でした。

ジョン・レノンもボブ・ディランもエルヴィスに揺さぶられて目をさました人たちでした。彼らもエルヴィスのように揺さぶり目をさまさせてやりたいと思った人でした。そして彼らはよりストレートに伝えることで、扉を開きました。

つまり、ある人々にとって、エルヴィス・プレスリーの足跡は分りにくいのです。
しかし、アメリカを歩いてみたら分ります。都市伝説化したエルヴィスのゴーストが町をウロウロしている現実に触れたら、エルヴィス・プレスリーについて考えてみたくなるでしょう。

<ハウンド・ドッグ>は10週連続、<冷たくしないで>は11週。シングル両面でヒットチャート21週連続トップとなるギネス認定最長記録を確立。驚異的な ベストセラーを続けました。

その一番の理由は、セクシーな声と、これ以上はない、ふさわしいパフォーマンスで、自分との関わり方を教えてくれたからではなかったでしょうか?
当時は、そこに人を大切にする愛が溢れていたなんて、誰も思わなかったかも知れません。奇妙な光景に思ったかも知れません。

しかし、ロックンロールが巨大なビジネスになることが分かった瞬間でもあり、ロックンロールは反抗のシンボルに打ってつけだと分かった瞬間でした。

「エルヴィス以前にはなにもなかった」・・・・
ジョン・レノンの言葉、そのままに、良い見本のすべてであり、悪い見本のすべてになりました。エルヴィスのようになりたい、エルヴィスのようになりたくない。・・・・エルヴィスは教科書になりました。おかげで、エルヴィスは誰より尊敬され、誰より踏みつけられました。

エルヴィス。プレスリーが、自らの良識と良心によって表現した<ハウンド・ドッグ>を、どのように聴くかは、聴く人それぞれの良識と良心にまかすしかありません。

人は対等。
お年寄りであろうが、
赤ん坊であろうが、
尊敬すべき対象です。

<ハウンド・ドッグ>が教えてくれたことです。。

聴衆に向かい「ありがとう、大変ありがとうございます」と死の間際まで律儀に、
他者の尊厳に敬意を表し続けた男のロックンロールを、本当になって、本当になって聴いてみてください。
 
音楽と文化と歴史が、そして人間が熱く交錯した瞬間を考えてみてください。

これがエルヴィス・プレスリーのロックンロールです。

2011年3月21日月曜日

エルヴィス・プレスリー登場!



1枚目のアルバム / エルヴィス・プレスリー登場!

ロックンロールという言葉はエルヴィス登場以前にあるラジオ局のDJが発した言葉だという。
その後、映画「暴力教室」のテーマ曲としてビル・ヘイリーの<ロック・アラウンド・ザ・クロック>が歌われ、これがロックンロールとしてヒットした。と、言ってもピエロはこの曲はグレン・ミラーのようなバンドの延長線にあるような気がする。
56年には女性シンガー、ケイ・スターの<ロックンロール・ワルツ>がビルボード第一位になっている。と、いっても曲自体はバラード。


1956年、エルヴィス・アーロン・プレスリーーーーーエルヴィス・プレスリーはRCAからデビューした。
その記念すべきアルバムが『ELVIS PRESLEY/エルヴィス・プレスリー登場!』である。


1月10日 <I Got A Woman >を皮切りにRCAで初のレコーディング・セッションを行う。

1月27日 RCA初のシングル<ハートブレイク・ホテル>を発売。

1月30日 <ブルースエード・シューズ>を録音。

2月にTV『ステージショー』3度出演

2月 サンからリリースした<忘れじの人>が全米カントリーチャート第一位になる。

3月13日 アルバム『ELVIS PRESLEY/エルヴィス・プレスリー登場!』リリース
     
1. Blue Suede Shoes
2. I'm Counting On You
3. I Got A Woman
4. One-Sided Love Affair
5. I Love You Because
6. Just Because
7. Tutti Frutti
8. Tryin' To Get To You
9. I'm Gonna Sit Right Down And Cry (Over You)
10. I'll Never Let You Go
11. Blue Moon
12. Money Honey



■<Blue Suede Shoes ><Tutti Frutti ><I Got A Woman><Just Because>の4曲をアルバムからカットしたEP盤も同時にリリースされる。

■また2枚組のEP盤も同時にリリース、こちらは以下の8曲

Blue Suede Shoes
I'm Counting On You
Tutti Frutti
Tryin' To Get To You
I Got A Woman
One-Sided Love Affair
I'm Gonna Sit Right Down And Cry (Over You)
I'll Never Let You Go



3月17日  <ハートブレイク・ホテル>ビルボードカントリー・チャートで第一位になる。

3月24日  6回目、最後の『ステージショー』に出演

4月 3日 『ミルトン・パール・ショー』に出演、
      サンディエゴの海軍補給基地の空母から中継

4月 6日  パラマウント映画と7年契約を締結(1日にスクリーン・テスト)

4月23日  ラスベガス、ニューフロンティア・ホテルに4週間の予定で出演
                         (不評で2週間で終了)

5月 5日 『ELVIS PRESLEY/エルヴィス・プレスリー登場!』
      全米アルバムチャート第一位
      RCAビクター史上最高の売上を記録

7月 1日 テレビ『ステーブ・アレン・ショー』に出演。
     非難を考慮し、タキシードを着用させ、体を動かさずに犬に向かって歌わせる。
     まるで道化師だ。ステーブ・アレンは「好評だった」とコメントした。
     エルヴィスは「仕事だから我慢するよ。」とスコッテイ・ムーアに語る。

7月13日  <冷たくしないで/ハウンドドッグ>リリース
      このシングルもRCAビクター史上最高の売上を記録。

8月10日  <冷たくしないで/ハウンドドッグ>共にビルボード第一位。

フロリダ州少年裁判所判事、エルヴィスに体を動かせて歌うことを禁止命令。
違反した場合、即刻逮捕するとし、監視されながら、コンサートを行う。

若者がエルヴィスを支持。擁護運動が起こる。
アメリカの歴史において初めて世代間ギャップが発生。若者文化の誕生。

ロックンロール・ブームが全米に巻き起こる。レコード業界の売上は一挙に3倍になる。

8月31日 RCAは急遽、『ELVIS PRESLEY/エルヴィス・プレスリー登場!』に収録されていた全12曲を6枚のシングルにして一斉にリリースする。音楽業界史上空前絶後の出来事である。
     

9月9日 テレビ『エド・サリバン・ショー』に出演。視聴率82%。
      若者文化の確立を意味する。

11月3日 <ラブ・ミー・テンダー>ビルボード第1位

11月16日 映画第1作『やさしく愛して』公開。

12月8日、2作目のアルバム『ELVIS』をリリース。

そしてーーーー

12月29日 ビルボード始まって以来の快挙!
      トップ100に同時に10曲をチャートインさせる。

1957年

1月6日 3度目、最後の『エド・サリバン ショー』に出演。
(以後、テレビ出演は、シナトラ・ショー、NBC スペシャル、ハワイ・サテライト中継3回のみ)

当時の社会情勢を考えた時に、この『ELVIS PRESLEY/』・・・『エルヴィス・プレスリー登場!』の邦題はやっぱりスゴイ。
ヒットチャートナンバー1になった<ハートブレイク・ホテル>は営業上の政策で意識的に外されているが、ここには永遠のチャレンジャー、エルヴィス・プレスリーがいる。

このレコードは人種差別の問題を根源とする多種多様な理由の非難によって、多くのヒットシングルとあわせて燃やされもした。しかしエルヴィスは「エルヴィス・プレスリーの音楽」が決して間違っていないと信じていた。

サン・レコードのサム・フィリップスは最初にエルヴィスに会った時にどんな種類の音楽が歌えるのかと尋ねた。「僕は何でも歌えます」「僕は誰にも似ていません」この言葉はそのままエルヴィスの人生となった。

サムに歌ってみろと言われたエルヴィスは知ってる限りのあらゆるジャンルの楽曲を歌ってみせ、サムに衝撃を与えた。
「僕に必要なものは、僕のアイデアを一緒に作り上げてくれるバンドです」といい、その言葉はそのまま真のロックンロールの創造となった。それはロックンロールをめざしていたというより、黒人の音楽と白人の音楽はひとつに融合できるというアイデアだったのだと思う。

その点が先に出された<ロック・アラウンド・ザ・クロック>やエルヴィスを追いかけたロカビリーたちと決定的に違うのだと思う。
そしてそれはそのまま最後までエルヴィスの道になった。

音楽という芸術の測り知れない可能性を切り開いた。



これはエルヴィス・プレスリーの写真の中でも、僕が一番大好きな写真だ。
1956年ニューヨークへ行ったエルヴィスが買い物しているスナップ。

この時のエルヴィス。プレスリーの気持ちを考えたら、胸が焦げそうになる。
おそらく人生で一番幸せな時間だっただろう。

2010年5月12日水曜日

ミリオン・ダラー・クワルテット Million Dollar Quartet

1956年12月4日、エルヴィス・プレスリーがサン・レコードを訪れた。偶然、カール・パーキンスが録音中で、外にはジェリー・リー・ルイスがいた。そこにジョニー・キャッシュがやってきた。

こうしてエルヴィス・プレスリー、カール・パーキンス、ジェリー・リー・ルイス、ジョニー・キャッシュというメンツが揃った。そこで非公式な即興のジャム・セッションが行われた。楽しいセッションの光景をサム・フィリップスはテープに録音した。

この奇跡的なセッションの光景は、エルヴィスの死後81年にリリースされて世界を驚かせた。さらに67年に発見されたテープの音源も加えて41曲を収めたアルバム「Million Dollar Quartet」が90年にRCAからリリースされている。

私的な音源なので音は良くないが、ゴスペル、スタンダードなどジャンルを問わない貴重なセッションだ。

2010年5月2日日曜日

ブルー・スエード・シューズ



ブルー・スエード・シューズ

ロックの黎明期のこと。
エルヴィスは「あんたが何をしたって構わない。 だけど俺のBlue Suede Shoesは踏まないでくれ」と歌った。
この曲がロックンロールとは何かをすべて表現している。



誰もが見たことも聴いたこともない、その過激さゆえに、悪魔か殺人鬼のように世間から袋叩きにされたアメリカ南部メンフィスの貧しい青年エルヴィス・プレスリー。

当時のライバルで優等生のイメ-ジのパットブーンが白で固めたコスチュームに対峙して歌った「ブルー・スエード・シューズ」。

カール・パーキンス のオリジナルだが、当時のエルヴィスの状況を映し出した曲として、エルヴィス・プレスリーのシンボリックな曲として扱われている。

カール・パーキンスのオリジナルもカッコいいが、それとは違いエルヴィス・プレスリーは最初からたたみかけるように一気に突っ走る。ワイルドだ。ロック魂がストレートに伝わってくる名曲だ。

ロック魂とは、つぶれそうになりながらも、あるいは潰されそうになりながらも、泣きたい、降参したい、それでも自分の道を貫き通そうとする。追い込まれてもがむしゃらにやる、カッコ悪さではないだろうか?


カッコ悪いというのも、第三者に言わせればの話で、実はそう言う本人にやり通す自信がないだけのこと。
つまりコンプレックスの裏返しでしかない。ロック魂とはこの裏返ってハスに構えた状態ではなく,もっとストレートでがむしゃらで変化を恐れないことだ。

リアルタイムで聴いていない。この曲を聴いたのは、エルヴィスの人気が下降していた時だった。特に日本での扱いは厳しくビートルズに押されていた。

エルヴィスは2回録音していて、1度はデビュー直後、もう一度は除隊後で映画「G.I.ブルース」のサントラでそれぞれ趣きが違う。ここで取り上げたのは、1956年メジャー・デビュー直後の「ブルー・スエード・シューズ」だ。


♪ well you can do anything but lay off my blue suede shoes♪



BueSuede Shoesという曲は、ロック魂そのものだ。


2010年5月1日土曜日

アイ・ガット・ア・ウーマン



アイ・ガット・ア・ウーマン

「そのままでいいんだよ」と言ってくれる歌だ。

「よし、いくぞ!」よりも速いひとこと。
"Wool"------パンクスたちが叫んだ”Fuck You"よりも強い痛快な一撃。20年の屈折。憂鬱と閉塞感が大気中に解放される。シャンペンの栓を抜く音。弾ける声。ブルースの進撃。ハードロックが粉々になる声。どこまでも転がって行く声。楽器になった声がバウンドしている音。歓喜するしかないレコードだ。

呼吸がリズムを刻む。心臓がうねっている。喜んでいる息。誰かのために歌っているわけじゃないことが分かる呼吸。呼吸が頬笑んでいる。自分のための歌。それが嬉しいのは、身体も精神も自分のためにあるんだと、教えてくれるからだ。

 アイ・ガット・ア・ウーマン。最初にして、最期にして、最強の言葉「フリーダム!」がスカートの下に隠されている。10時間かけて探している夜と朝。ボリュームを上げる。最初の音の重要性はいまも同じだ、「よし、いくぞ!」はロックンロールであるための約束だ。聴くもののテンションを最大限に引き上げ、一気に解放し、共振するためには、全身全霊を引き付けるサウンドでなければならない。

エルヴィスはそれを最初に、しかも肉声で、唐突にやってのけた。装置らしいものがなかった時代、螺旋階段で歌うことでエコー効果も引き出した。それがロックンロールの最初の出発点だった、

ロックンロールの幸福。エルヴィス・プレスリーの真髄。ビル・ブラックの真髄。スコティ・ムーアの真髄。すべてがひとつになって動いている。「少年たち」の背骨がひとつになったフックだらけの演奏。変幻自在、声の音色は恍惚へ誘う。誠実なダンスに歓喜しよう。ギターリフと一緒に歌おう。歌いながら転がっていけ。自由の在りかを探すのだ。

スカートの下では飽き足らない自分さがし。日常の壁を突き破り、未知に向かって進むロックンロールという名の乗り物に乗った聖なる旅。
楽しい声。誰でも自由に飛び入りできる旅、若者、そして少年少女は塩化ビニールを手に旅に出た。


のろけ話をくり返し聴こうではないか。
あんまり嬉しそうにはしゃぐから、いつまでも聴こうじゃないか。

♪ 俺の女は町外れに住んでいる
とってもいい娘さ
俺の女は町外れに住んでいる
とってもいい娘さ
朝、必要な時にここにいてくれる
親友みたいな存在さ、
俺の女は町外れに住んでいる
とってもいい娘なんだ
明け方から愛をささやくのさ、俺だけにね
明け方から愛をささやくのさ、俺だけにね
俺だけに愛をささやくく彼女
とってもやさしく愛してくれる
俺の女は町外れに住んでいる
とってもいい娘なんだ

朝から晩まで愛し合う
ケン力なんかしやしない
他の男には目もくれず
俺に淋しい思いもさせないで
女は家にいるのが一番と
わきまえてる娘なのさ

俺の女は町外れに住んでいる
とってもいい娘なんだ
俺の女は町外れに住んでいる
とってもいい娘なんだ
彼女は俺の女で俺も彼女の女さ
俺の女は町外れに住んでいる
とってもいい娘なんだ

知らないのかい、すごくいい娘なんだぜ
知らないのかい、すごくいい娘なんだぜ
俺の可愛い女は町外れに住んでいる


大人たちは「不謹慎」「悪魔」のラベルを貼った。企ては成功したが、その光景を見ていたこどもたちはエルヴィスの軍服の下の身体にあったものを受け継いだ。
アイ・ガット・ア・ウーマン。その身体が縦横無尽、奔放に動いていて眩しい。

エルヴィス・プレスリーがモーゼの再来に見えたとしても決して不思議ではない。革命の旗手として先頭に立って、理性よりも確かな身体に真実を掲げて突き進んだのだから。

しかしーーーもしこのレコードを聴かない理由が不特定多数の「愛されすぎることへの嫌悪」だとしたら、「神のように崇められていることへの苛立ち」だとしたら、間違った選択だ。それらはエルヴィス・プレスリーとは何の関係もないことだと言える。

自分のままでいいことを知ったエルヴィスはただ御機嫌だっただけだ。それを伝えたかっただけだ。どうしてこんなふうに歌えるのか、それを考えてみるだけでも、聴く価値はあるし、人生を楽しむという点において間違いなく貢献するだろう。こんなふうに歌える者はいないのだから。

Woll,I got a woman way cross town
She's good to me, oh yeah
Say I got a woman way cross town
She's good to me, oh yeah
She's here in the morning whenever you need
Yeah, she's a kind of friend indeed l got a woman vvay cross town
She's good to me, oh yeah She says she loves me early in the morning
Just for me She says she loves me early in the morning
Just for me Oh yeah, she says she loves me just for me
Oh yeah, you know she loves me so tenderly
l've got a woman way cross town
She's good to me, oh yeah
She's there to love me both day and night
No groans or fusses, just treats me right
Never running in the streets Leaving me alone
She knows a woman's place Is right there at home
Well I got a woman way cross town She's good to me, oh yeah
Well I got a woman way cross town
She's good to me, oh yeah Well, she's my baby, don't you understand

<アイ・ガット・ア・ウーマン>はレイ・チャールズの作品。エルヴィスの<アイ・ガット・ア・ウーマン>はRCA移籍、初のアルバム「エルヴィス・プレスリー登場」に収録された。アルバムは記録破りの大ヒット。お金のないティーンエージャーのために全曲シングルカットされた。

画像の<アイ・ガット・ア・ウーマン>シングル盤(日本国内盤)は1964年に再販されたときのもの。